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ロッキング・オンの時代/橘川幸夫 (著) → ◯

by Katsumi TAZUKE

とにかくロッキング・オンである。なんだか妙な書き出しだが、イケてない田舎の高校生だった僕はこの雑誌を貪るように読んでいた記憶がある。ミュージックライフは買ったことはなかったが、ロッキング・オンは頻繁に買っていた。「こんばんは、渋谷陽一です。」当然聞いていたラジオは渋谷陽一氏がパーソナリティーだった。

本書はロック音楽誌「ロッキング・オン」の創刊メンバーのひとりである橘川幸夫氏による、1972年の創刊から10年の物語である。創刊当時の混沌とした感じとまだ自主制作のミニコミ誌の域を出ない紙面のざらつきがよく伝わって来る文章だ。
自分自身より上の年代に憧れていた若造にとって「ロッキング・オン」はマストアイテムであった。産業ロックという言葉は渋谷陽一氏によるものだそうだが、初期の頃のアンチ商業路線と、妙なこだわりはとてつもなく魅力的だった。

単なる昔は良かった的なノスタルジーではなく、「ロッキング・オン」を読み、渋谷陽一のラジをを聞くことで、批判的な立場を貫き、マイノリティになっても自分自身の意見を持つことの重要性を知らず知らずのうちに身につけていたのかも知れない。今の若者は信じられないと思うが、昔はそれほど選択肢は少なかった。

70年代から80年代前半という時代が「ロッキング・オン」の成長とともに並走するように語られていて、味わい深いものがある。比較の対象としてどうなのかわからないが、劇作家・演出家の宮沢章夫氏による「サブカルチャー論」の70年代より、作家の泉麻人氏によるレトロな70年代解説より、重なるテーマは多いのだが自分にとっては橘川節がピンとくるものがあった。

橘川幸夫氏の立ち位置が、経営者の渋谷陽一氏ではなく、理論派の岩谷宏氏でもないというところに共感を覚える。スティーブ・ジョブズではない橘川幸夫氏だからこそ、絶妙のバランスを保ったこのクロニクルが完成したのだと思う。荒ぶる才能をまとめ上げる編集力の妙である。その後橘川幸夫氏は、投稿誌「ポンプ」を経て参加型メディアの世界に軸足を移し、インターネット登場後も新しい参加型メディアの第一線で活躍されている。
しかしその根っこは「ロッキング・オン」から生まれていることは間違いない。

ロック音楽の話は出てはくるが、本質はそこにはない。ロックとは何かを論じるのは無粋なのでやめておくが、本書には極めてシンプルにしかも冷静にそれが描き出されている。没入より俯瞰することが好きな人にはぜひ一読をお勧めしたい。

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Katsumi TAZUKE
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